還暦過ぎの750乗り。そんなに忙しくない、趣味に溺れたい々。

平成のおわりと、ほぼ時を同じくして定年を迎えました。愛機Z750Fourのこと、趣味のこと、日々の出来事や思い出話を徒然なるままに記していきます。

ムーンライトながら

が廃止になったというニュースが流れたのは、

先週のことだったでしょうか。

 

私は鉄オタと言えるほど知識も経験もなく、

ただの電車好きだと思っているのでありますが、

この列車には何回か乗ったことがあります。

 

といっても、「ムーンライトながら」という洒落た名前の

列車ではなく、その前身と言われている東京発大垣行きの

「345M」という快速列車に、ですが。

この「345M」、「大垣夜行」という名で呼ばれていのたらしいですが、

ただ「安く関西方面に行きたい」という理由だけでこの列車に目を付けた

私にはそんな知識はありませんでした。

 

たまたま手元に残っていた昔の時刻表(1982年7月日本交通公社発行)によれば、

東海道本線下り大垣行き、東京駅発23時25分発(終電一本前)。

東海道線の終電は23時55分小田原行きです。

東京を出て神奈川県に向かう列車と言えば

東海道線横須賀線、あるいは京浜東北線なのですが、

近距離の方々は京浜東北線を利用していたと思います。

が、川崎より遠くに向かう場合は大抵、東海道本線

横須賀線で、下っていくのが普通だったと思います。

 

さて、詳しく書いていけばキリがないのでこのくらいにして、

話を先に進めます。

 

大学3,4年当時は東京都心に通っていた私は、

帰宅するときには東京駅発の東海道線横須賀線を利用して

横浜まで、そこからは相鉄線で瀬谷まで帰っておりました。

 ...?なに瀬谷をご存じない!?

じゃ、これ読んでください。

 

piroji1616.hatenablog.com

  

 

そんな私が羨ましく思っていたのが東海道線下りのボックスシート

ワンカップとか缶ビールなどをあおっているサラリーマンの方々でした。

当時(1980年代)の東海道線横須賀線と言えば

ボックスシートが当たり前。113系だか115系だかの車両が中心に走っておりました。

私が数回利用した345M(東京発大垣行き)も、同じ車両を使っていました。

 

大手町なり、神田なり、お茶の水なりで一杯やってきたサラリーマン諸氏が

終電一本前の東海道線に乗り、更に車内で一杯やっていれば気持ちよく揺れる

車内で爆睡するのは当たり前。

東京から保土ヶ谷、戸塚、藤沢へ帰る予定が、気が付いたら名古屋、大垣だった

というのは当時よく聞いたお話です。

 

ああ、話が横道にそれ続けている。

 

大垣行きの345Mの旅に話を戻しましょう。

最初に乗ったのは高校三年生の秋、

小峰元さんの「ピタゴラス豆畑に死す」を読み、

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同時期にNHKの「火の路(原作松本清張)」を観て、どうしても奈良・桜井に

行ってみたくなり、学校をさぼって(こら!)奈良から大阪への旅を

目論んだ時です。

まあ、その旅でも記すべきことは多々あるのですが、

ここではさておきましょう。

東京駅を23時25分に出た345M大垣行列車は、横浜を23時54分に発車します。

 

 当時の国鉄車内で煙草を吸うのはあたりまえ。

何といってもボックスシートの真ん中の車窓下には

こんな灰皿が備えられていたのです。

 

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この写真はあけぼの号のものですが、

 

  

 が、しかし、さすがの中距離通勤列車とは言え、首都圏内走行中は禁煙。

勿論高校三年生の私には禁煙区間など全く関係はございません

(ウソついてるし!)。

それは置いといて、東海道線平塚駅中央本線大月駅を境にして、

喫煙可能な区間になるのです。

大垣行きの夜行に乗っていると、だいぶ車内の乗客が減った平塚を過ぎると、

ボックスのあちらこちらから煙が立ち上ります。

 

そして小田原を過ぎると各駅に泊まるのをやめ、快速列車らしくなります。

たしか静岡で駅弁を買い、二回目の晩御飯を済ませ、さすがにおやすみなさいです。

狭いボックスシート、当然リクライニングなんぞしません。

かたいシートにもたれ、それでも車輪が刻む規則正しいレールの継ぎ目を拾う音、

車体の揺れに身を任せていると、アルコール無しでも(またウソついてます)眠りの

世界に引き込まれます。

目が覚めると朝六時ころ、名古屋駅でした。

初めてこの列車に乗車した高校生の時は、名古屋駅きしめんを食し

近鉄に乗り換えたのですが、

その後のことは覚えていません。終点大垣まで行ったことは確かです。

話が逸れまくり、書きたいことが何だったのか訳が分からなくなりましたが、

こういう昭和の鉄道が消えていくのはさみしいものです。

SR400もファイナルエディションが出るという事で、

本当に「昭和は遠くなりにけり」だなあ、という事で

まとめておきましょう。