還暦過ぎの750乗り。そんなに忙しくない、趣味に溺れたい々。

平成のおわりと、ほぼ時を同じくして定年を迎えました。愛車E36M3C、愛機Z750Fourのこと、趣味のこと、日々の出来事や思い出話を徒然なるままに記していきます。

焼き直し(その十)福丸のこと4

福丸の過去記事焼き直し第四回です。

 

さて、いつのまにかわが家に馴れてくれた福丸ですが、

「福丸」という名は、いつ、だれが、どんな理由で名付けられたのかは、

もう忘却の彼方です。

 

しかし、去勢手術の時には、名付けられていたと思います。

そして、「おじさまと猫」を知るより前だったことは確かです。

 

家に来て一年、2018年2月には、下の写真のようにTVに映る

カワガラスをつかまえようとして、家族の笑いを買ったり、

 

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カワガラスを捕まえようとする福丸その1

 

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カワガラスをつかまえようとする福丸その2

2018年8月には、あおむけで寝てみせてくれたり……

 

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腹出しちゃダメ

皆様ご想像の通り、何年も昔から家にいるようなふてぶてしいほほえましい

姿を見せてくれています。

 

 福丸のバックが散らかっているのはご勘弁を。 

 

福丸の記事、まだ続きます。

 

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過去記事の焼き直し(その九)福丸のこと3

 福丸のこと、焼き直し記事の続きです。

 

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10か月が過ぎて

さて、凶暴なウチの福丸ですが、若松先生による去勢手術も無事に終わり、

少しずつわが家(というより家の人に)馴れてきました。

引き取って二、三か月後にはケージからも出てくるようになり、

おとなしくなでられるなど、飼い猫っぽく

なってきたのでした。

 

上のショットは2018年1月1日、人間の座布団に寝そべり、電気ストーブにあたって

くつろぐ福丸です。

でもまだ、このころは窓の外から近づくと、「シャー」と威嚇してきていました

(その辺の感覚というか、意識が理解できない)。

 

あ、ちなみに、福丸が来た最初の晩に引っかかれた家内の傷ですが、

人医に診てもらったところ、点滴をするほどの傷でした。

爪に病原菌が入っていたのでしょうね、さすが元野良猫。

 

それでも、10か月後には、このザマですよ。

 

今は、家内と末娘にすっかり馴れて、本当に普通の飼い猫になりました。

もう何年も家にいるかのように…

 

続きます。

 

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過去記事の焼き直し(その八)福丸のことその2

さて、焼き直しその八、福丸の話その2です。

例のごとく、訂正加筆してあります。

 

(続き)

さて、自宅につき、ケージの入り口にキャリーをしっかり押さえつけると、

福丸(以下、フク)は割とすんなりとケージに入りました。

ケージには、餌と水、トイレが準備済みです。

フクは恐る恐る(のように見えた)水を飲み、ケージの隅でうずくまっていました。

このケージ、中に二段ベッドがあるのですが、それには見向きもしません。

ケージに敷いたペットシーツにうずくまり、こちらを見ています。

手を近づけると牙をむき、「シャー」という威嚇の声を出します。 

 

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ケージの中のフク

写真は、うちに来て一週間後のフクです。このやさぐれた顔! 

 

さて、猫を飼うとき、必ずすべきこと(特に元ノラ・すて猫等)。

1:健康診断

2:予防接種

3:去勢または避妊手術

 

ウチのフクも、今は1~3を終えていますが、その日(2017年2月28日)は、

猫の様子を見つつ我々(人間)も、寝ることとし…て朝まで寝たのは、私だけ。

 

フクは、夜中に大暴れし、ケージの天井を破り

(天井パーツの抑え金具が曲がってしまい、開いてしまった模様)、

家じゅうを逃げ回り、家内の腕に(外科への通院が必だった程の)傷を負わせて、

最終的にはケージに戻され、ケージの天井に重しを置かれて、

やっとおとなしくなったとのこと。

 

私はといえば、朝まで熟睡。よく寝ていられたねえ、という羨みと非難の声を背に、

3月1日の仕事に向かったのでした。

 

さて。

そんな野生ネコ、フクマルですが、それから最初の私の休日、

近くのY動物病院で健康診断(血液検査)を終えました。

まず、バイク用の革ジャンと革グローブを着用(噛みつき、ひっかき対策)し、

キャリー(フクが山口から入れられてきたものは、入り口破損のため、使用不可能。

前の猫たちが使っていたものを持を借りた)に入れ、病院へ。

結果から言うと、病気持ちであることがわかりました。

エイズです。

フクの生い立ちから言えば、当然予想すべき結果です。

ま、ウチの偽善者たち(私も?)は捨て猫を飼おうというくらいだから、

「ああ、やっぱり。でも発症しないといいね」くらいの反応しかしません。

 

しかし、この二十四時間臨戦態勢継続中という猫がウチの猫になってくれる

(馴れてくれる)のだろうか、という心配が家族の胸の中にふつふつと…

 

動物病院の若い先生が怖がってしまい、「ずいぶん暴れましたよ。」と言い、

もう来ないでほしい」オーラをだしまくっていた(らしい)ので、

ワクチン接種と去勢手術は違う動物病院へ。

ニルスとルナ(どちらも、もう他界しています。)が最期のころお世話になった、

佐倉市石川にある「若松動物病院」さんにお世話になろうと。

ここの院長先生、口八丁手八丁。いろいろなことをわかりやすく説明しつつ、

ササっと診察を完了させるという、なかなかの腕前(先生の話は、

無駄話が多いようで、実はすべて計算済みのおしゃべりと私はみています)。

かなり頼りになります。

 

その若松先生、(凶暴なフクに全く動ぜず)診察しながら(体を撫でまくりながら)、

「大丈夫。絶対に馴れるから。」

「触るときには、一声かけてからがいい。猫も心の準備ができるから。」

「こいつ(フク)は、相当けんかが強かったな。エイズになるのもわかる」等々、

私たちが心配に思っていたことも、ちょっとフォローしつつ

ワクチン接種完了。去勢手術の予約を取って帰宅したのでした。

                               続きます。

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過去記事の焼き直し(その七)

去年diaryに書いた記事の焼き直し第七弾です。加筆訂正してあります。

 

 

世間的に有名な福丸、といえば、この猫ですよね。

 

 

 

 

ですが、ウチにも「福丸」(以下フク)がいるのです。

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ウチに来た日のフク

かなり古い話ですが、2017年2月28日、夕方7時前、羽田空港貨物ターミナルで、

この猫を受け取りました。

 

実は、フクはこの2日後、中国地方某県で殺処分される予定の猫だったのです。

19年と10か月生きた猫、ニルスが死んだあと、家族全員「もう猫は飼わない」と

言っていたのに、半年ほどで、新たな猫探しが始まりました(ヤレヤレ)。

 

このフクのことを知るひと月ほど前、銀座の譲渡会で、

真っ白な子猫を気に入った末の娘と家内は、すっかり飼う気になっていました。

 

ところが、どこで知ったのか、中国地方某県(ああ、めんどくさい。山口県だよ)

で、推定年齢五歳、生まれも育ちも野良。

人馴れしていない。このフクのことを知り、すったもんだの挙句、引き取ることに

なったのです(この間の事情、あまりに偽善くさいので、省略)。

 

私の亡父の誕生日が、殺処分の予定日であったということ、

白黒のブチ柄が、死んだニルスを彷彿とさせたこと。

理屈は後から何とでもついてきます。

 

 話が決まれば、行動は疾きこと風の如し。

          兵は拙速を貴ぶ。

保護団体の担当者と連絡を取り、受け取り日時を決定。

受取日の午前中には室内飼用のケージが配達され(人馴れしていない猫を

室内とは言え、初めての家に放り出すのはあまりに危険との判断から)、

午後には下校した末娘が組み立て、完成。

 

 [rakuten:kurashikenkou:10181298:detail]

 

 このケージです…が…

 

 私は、午後5時、定時で退勤(仕事?どうしたっけ)。東関道、首都高経由で、

羽田空港貨物ターミナルへ。

貨物ターミナルで、係員の方から、保護団体からの伝言をいただきました。

「自宅につくまで、決してキャリーを開けないでください。」…って!

 

お通か!!お前は。

 

そして、キャリーの出入り口の金網は、荷造り用のテープで閉じられており、

「逃げますから」という伝言の追加付き。

どうやら、飛行機の荷室へ行く前に、一度逃走を図った模様。

 

写真では、あまりよくわかりませんが、

可愛げのない、やさぐれた猫。というのが、第一印象でした。

 

思った以上に重いキャリー(というか、猫)をM3のリヤシートに置き、

家路を急いだのでした。

                           焼き直し記事が続きます。

 

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暑さ寒さも彼岸までってね

今日は、久しぶりにZを引っ張り出し、

ちょっと走ってきました。

 

朝、外へ出て空気がひんやりしているのに気づいたのは

昨日のこと。

今朝も雲が多く、涼しかった。

夏用のメッシュジャケットオートバイで走るのは、ちょっと

つらいかも…と引っ張り出したのがこのジャケットです。

 

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右のミラーにかけたのですが…

なんか、すごく微妙な角度で写っています。

(シートに置けばよかった。)

 

で、ですね、このジャケット、

ワインカラー(Zと同じ色)、ダブルのライダースジャケットです。

 

実は家内に買ってもらったんです。

私、昨年の初春に、還暦を迎えたのですが、普通なら赤いちゃんちゃんこを着て

お祝いするところを、

「チャンチャンコなんて嫌だ!お祝いなんかしなくていいから、

赤い革ジャンを買っておくれ!」とわがままを言って買ってもらったものです。

 

冬本番は、ワークマンのイージス一辺倒になってしまい、

アヴィレックスのB3は、出番がありません。

この時期はB3やイージスでは暑すぎるので、このライダーズが

活躍します。

 

逆に考えると、この赤いライダースが活躍する時期は一年の

ほんの少しです(クローゼットから出したら、案の定カビだらけでした)。

 

印旛沼まで走り、いつものローソンでジョージアを買って一服したのですが、

残念、ハズレでした。

 

 

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ハズレ!

たかが缶コーヒーとは言え、ハズレは悔しい!

そんなこんなで、つかの間の自由時間を楽しんだのでした。

 

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9月9日は

菊の節句です。

正しくは、「重陽」。

古代日本人は奇数を陽の数として重く見て、偶数を陰の数とする陰陽道

考えに基づき、一、三、五、七、九という月のその数字の日を陽の数が

重なった日として、節句にするのですが、その中で最大の数である九が

重なった、九月九日を重陽としたのです(陽が重なるですね)。

平安時代には宮中で菊の節句の宴が開かれていたそうです。

 一、三、五、七、級という数字が、昭和の子供たちのアニメヒーローの

タイトルにも多く使われてきたのは、奇数を重く見る陰陽道の影響なのかも、

と思います。

以下、私の記憶にあるアニメ(一部特撮)のヒーローの名前(やタイトル)を

挙げておきます。

ご存じない方は、ゴーグル先生にでもお尋ねください。

 

1:アニマルワン

3:ワンダースリー

5:マッハゴーゴーゴー

7:ウルトラセブン、ワイルドセブン

9:サイボーグ009

11:赤き血のイレブン

13:ゴルゴ13

といったところでしょうか。

エイトマン」は末広がりの八だから、別格でしょう。

私が読者になっているhoneyhornetさんの記事を読んで、

www.honeyhornet600.com

思い出したのですが、ちょっと、前回の記事を修正、加筆いたしました。

 

 

という話は置いといて、「チョロQ」の日でもあるそうです。

新聞によると、いま、「チョロQ」の主な市場は、大人だそうです。

 

ただのプルバック式で走るおもちゃではなく、こんなのがあるんですよ

(私が買ったのは数年前の話です。今も手に入るようです。)。

 

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Qステア

という名です。

左側の方形のものがコントローラー、本体は5cmにも満たない。これが、

左にあるコントローラーからの赤外線でコントロールできるんです。

 

システムは違うけど、簡単に言ってしまうと、ラジコンカーです。

私、鉄道模型も好きですが、実はラジコンが大好きなんです。

 

本当は飛行機を飛ばしたい。

でも、スキルもないしお金もかかる。

すると残されたのは車とかボート。

ボートは広い水面が必要です(印旛沼は?)。で、一番手近かなのが、車です。

 

手近とは言え送受信機のセットだけで数万円、

エンジンで走る車なら、もっとお金はかかるでしょう。

 

そういった意味で、ボタン電池4個でコントロールできるこのQステアは

子供のころの夢をかなえてくれるものだったのです。

 

操縦性は、高価なラジコンの送受信機を使ったものとは比べものにはなりません。

 

でも、コードがついてないもので車を操る楽しさを味わえます。

 

以下、営業です。

 

 

Qステア QSS04 スバル360スターターセット (C/D)

Qステア QSS04 スバル360スターターセット (C/D)

  • 発売日: 2006/09/30
  • メディア: おもちゃ&ホビー
 

 

 

 

 

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安全は、すべての人の願い

なのはいうまでもないことですが…

 

「若者の車離れ」という現実があるそうです。

還暦過ぎの年寄りには想像もつきません。

私が免許を取ったばかりの頃は、まだファミレスもでき始めたばかり。

                 コンビニもほとんどなかった。

                 郊外型のファストフード店も。

なので、高校時代の友人たちと集まるときには、

みんな車で(ほとんどが家庭所有のいわゆる「ウチの車」でしたが)、

誰それの家に集合!っていう感じでした。

 

ネットもない、携帯もない時代、有線電話で連絡を取り合い、

誰かの家に集合すると、何台かの車に分乗して夜のドライブに行ったものでした。

 

横浜西部に住んでいた私、S介、K野、H林の家に集合すると、

行く先は大抵、相模川のもぐり橋か、江ノ島

横浜市中央部に住んでいたM伸の家に集合した時は、

港の見える丘公園山下公園、大桟橋などでした。

 

車を止めても、何をするわけでもない、

高校時代の思い出話、大学生活の話、まあ、俗にいう「無駄話」というやつです。

そんなことをして夜を過ごすのが無性に楽しかったし、

皆自分の運転技術を上げようと、情報交換、切磋琢磨などをしていたものです。

 

そんなふうに「車」が生活の中に入り込み始めたころ、

その事故は起こりました。

 

S本(中学まで同窓だった。高校は全く違う所に進学したので、付き合いはなかった)が運転する車が事故を起こし、同乗していたI原が死んだというのです。

I原は、小学校四年から中学二年か三年ころまで同級でした(高校は全く違うところ

だったので、中学卒業以来、付き合いはありませんでした)。

たまたまI原の妹が当時中学生だった私の弟と中学の同級生だったので、

情報が入ったのだと思います(これは違うかも、ですが、本題とは関係ないので、

これ以上は触れません)。

 

通夜の夜、中学校(横浜市立瀬谷中学校)でI原の担任だった先生方は、

皆、駆けつけてくださいました。

特に中一の時の担任だった粕谷先生は

「正ちゃん(I原のこと)は、優しくて本当にいい子だったよね」と

私に話しかけてくださいました。

 

小学校(横浜市立瀬谷小学校)の先生方(先生と呼ぶのも腹が立つ)は、

誰も来ません。

I原が四年から六年まで三年間担任を持った

𠮷原由比子先生は、本葬の時も顔を出しませんでした。

 

それって、どうなの?と思いますが、今日の話題とは話が違うので、ここで

やめておきますが…

 

 本題に戻りましょう。

通夜の夜、居間に寝かされたI原の遺体の前で、I原のおばあちゃんが、S本に

「正一(I原のこと)を返せ!」と叫んでいたことを

この記事のまとめとしましょう。

 

車の中で彼女と楽しい時を過ごすのも、

    友人と一緒に歌を歌うのも、

  道交法では禁止されていません(ですよね)。

でも、運転に集中せずに悲劇を起こしたあなたは、

「○○を返せ!」というご親族の叫びに何と答えますか?

 

何の話じゃい?と思う方は

 

piroji1616.hatenablog.com

からお読みください。

 

 

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