還暦過ぎの750乗り。そんなに忙しくない、趣味に溺れたい々。

平成のおわりと、ほぼ時を同じくして定年を迎えました。愛機Z750Fourのこと、趣味のこと、日々の出来事や思い出話を徒然なるままに記していきます。

昔の酒屋さんと、大学の話

私が大学五年生(←おい!)のころの話です。

同級生は皆卒業し、ただ一人(でもなかった。これがB大学のいいところ?)

学問の道を究めようと(←ウソ言ってんじゃないよ)、片足院、片足学部に

残っていたのです。

 

そんな私なので当然昼間部(一部授業ですね)、はいっぱいいっぱい。

希望していた教職免許を取るために必要な教職課程の授業は、

当然夜間部(この頃はB大学はじめ多くの大学に夜間学部が存在していました)の

授業を取ることになります。

 

夜間学部(二部です)の授業に出る生徒はみんな真面目そのもの。

仕事を終えて大学に来て授業をうけようってんだから

当然と言えば当然ですね。

 

そんな中で、私がB大学に在籍した最後の年の冬。

12月も二十日を過ぎたというのに教育心理の授業をうけに

夜七時過ぎの教室に向かったのです。

その授業を担当した先生は本当に素晴らしい先生で、

その先生の教えて下さったことは四十年過ぎても頭に残っており、

今でもその授業法を実践しております。

 

それで、ですね、その年の12月も二十日過ぎ、

夜の闇の中、二部授業に向かった私は

教室の黒板に書かれていた文字を見て何が起きたのか理解できずにおりました。

「本日の授業は●●●研究室で行うので、受講生はこの研究室に来るように」と

あるのです。

 

よく状況が理解できないまま研究室に向かうと、そこは酒宴の真っ盛り。

先生の机には「剣菱」の一升瓶と人数分の茶碗、

授業を受けている学生が顔を赤くして...

 

ちょっと遅れて、研究室に入った私に先生は開口一番、

「君、そこの酒屋まで行って剣菱もう一本買ってきてくれ給え」と

仰ったのです。

おい!授業だろう!飲み会じゃねえだろう!!

って、ごめんなさい、先生。

先生の教えはまだ私の中で生きています。

 

ま、それはさておき、先生は勿論五千円札を渡してくださいました。

その五千円札を握りしめた私は、B大学直近の酒屋さんへ。

酒屋さんの場所を把握している私も何者なんだ!という感じですが、

それもさておき、

 

私が夜の酒屋さんに向かうと、そこには

缶詰を肴にカウンターやテーブル(もちろん全部立ち飲みです)を囲む

オジサン(今の私から見れば若造)が。

こんな吞みかたもあるんだ.、と思いつつ剣菱の一升瓶を抱えて

学校に戻った私ではあります。

 

遠い昔昭和の時代、鯨の竜田揚げや

ラニュー糖の揚げパン、未だに飲めるとは思えない脱脂粉乳

給食を食べて育った昭和34年生まれの少年は、

こんなにひねた年寄りになりましたとさ。