還暦過ぎの750乗り。そんなに忙しくない、趣味に溺れたい々。

平成のおわりと、ほぼ時を同じくして定年を迎えました。愛機Z750Fourのこと、趣味のこと、日々の出来事や思い出話を徒然なるままに記していきます。

寒中お見舞い申し上げます

この愚にもつかない駄ブログを読んでくださるすべての皆様の

今年一年のご多幸をお祈り申し上げますとともに、

相変わらぬご愛顧のほどをお願い申し上げます。

 

さて、コロナに振り回された昨年一年でしたが、

今年はどんな年になるのでしょうか。

 

昨年末に「2020年の振り返り」の記事を書こうと思っていたのですが、

生来の怠け者故、くじけてしまっておりました。

十二月末から一月頭にかけて、次女が高校受験のための冬期講習。

特に十二月三十一日から一月二日までは「地獄の特訓」という

スペシャルイベントがあり、親も文字通り暮れも正月もありません。

長女(大学受験生)も次女と同じスケジュールを組んで塾に通っています。

 

家内は早朝から朝食の準備と昼食用の弁当作り、昼には夕食用の弁当作りと

夕方にはお届け、と、受験生中心の生活を送っています。

私はと言えばそんな状況の中でオートバイに乗って遊んでいるような勇気はなく、

家でおとなしく大掃除の真似事などをしておりました。

 

山梨県で下宿生活を送る長男は何度か「帰省したい」と言っていましたが、

私と家内はコロナ禍の中東京を通過して帰宅するのは危険だと考え、

受験を控えた娘たちからも「今年は勘弁してほしい」という声が上がり、

結局山梨で年を越してもらうことにしました。

 

かわいそうという声も上がったのですが、ご本人は

「(本人曰く優しい)彼女(三つくらい歳上らしい)」ができたらしく、

彼女といるほうを選んでくれました。

 

私は例年、一度は帰省し母と弟に会っているのですが、今年は

万が一のことを考えて帰省は中止しました。

息子に「帰省するな」と言っておきながら自分が東京都を越えて横浜市

西のはずれまで帰省するというのは、「会食は控えて」と言いながら

十五人集まって高級ステーキを召し上がっていらっしゃる、どこぞの国の宰相のように

無責任極まりない話なので、私も自重することに。

(そこで、実家の親に会いに行くのであって、帰省ではない。などと言わないのが

良識ある大人。えっへん。)

あ、新年早々義憤、公憤で脱線してしまいました。

 

家内の実家からはかなり早い時点で帰省禁止命令が来ており、

必然的に我が家はみんなステイホーム(ステイ塾)でこの年末年始を過ごすことに。

 

そんな元旦、娘たちは朝から塾。

家内はすでに新年の仕事を開始(@自宅二階の仕事部屋)、

私は自分と家内の分の所得税申告に向けた書類づくり。

珍しく朝から酒の一滴もない正月を迎えております。

で、夕方。

 

何気なくテレビをつけ、テレビ東京の「所さんのそこんトコロ」を

見るともなく見つつ書類整理をしておりました。

この番組のあるコーナーで、私の耳が一瞬でダンボに!

 

何でも80歳の高齢の方が静岡県の御殿場の方から遠距離通勤をしていらっしゃるという

内容で、途中までは「ほうほう、それでどこまでお帰りかな?」程度だったのですが、

件のご老人が小田急線を海老名で降りた、という所で耳がダンボだけでなく

目も画面にくぎ付け。書類整理はいったん休止状態に。

なぜなら、海老名というのは小田急線の停車駅のひとつであり、相鉄本線の西の起点

でもあるからです。

この、相鉄線というのは私の実家のある瀬谷を通過する路線なのです。

高校、浪人、大学時代は毎日のように利用しておりました。

 

脱線ついでに。

大学時代、瀬谷駅で横浜行の電車を待っていると、

よく下りホームに「伊藤かずえ」さんが立っているのを目にしたものです。

 

その、瀬谷駅がちらっとでも映るかなあ、などと思いながら

テレビに夢中になっていたのですが、なんと、このご老人(以下、紺野さんという

本名にします。テレビで放映しているんだから個人情報でも何でもないでしょう)、

瀬谷で下車しました。

 

まあ、瀬谷で下車したといっても、瀬谷も広うござんす。

私が子供のころ、瀬谷区ができ、その後泉区瀬谷区の二つに分割されるほど

昔は広かった。

 

紺野さんは瀬谷の多分北口の改札を出て私の記憶にはない居酒屋へ。

居酒屋でビールをあけ、夜の坂道を下っている画像が目に入りました。

瀬谷駅を出てすぐの下り坂というのは二つしかありません。

一つは瀬谷小学校前から相沢川に向かう坂道、

もう一つはかの山口百恵さんが半世紀以上昔に住んでいた

アパート(これも相沢川沿いです)方面に向かう、

私の実家に向かう坂道。

紺野さんが下りていたのは後者の坂道でした。

小学校時代に山口百恵さんとお友達だった(→これは桂Y子の自己申告による。

Y子のことだから絶対いじめていたに違いない)桂Y子の家の前を

下っていきます。

暗い画面の中でも、桂Y子の家とそのお隣の平本M典の家は

明らかにわかります。

へえ、ウチに近づいているなあ、と思ったのですが、

すでに日は落ち、紺野さんがご自宅についたときには

もうそこがどこなのかはわかりません。

...…ところが...…

            続きます。

 

 

 

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