還暦過ぎの750乗りだった年寄りの日記。

平成のおわりと、ほぼ時を同じくして定年を迎えました。愛機Z750Fourのこと、趣味のこと、日々の出来事や思い出話を徒然なるままに記していきます。

いつもの散歩道です。

ここ数日天気が良く、暖かな日が続いております。

それでも出勤するときにはスプリングコートをもっていかないと

帰宅時には佐倉方面、結構冷えます。

 

さて、今日はいつもの散歩道を走りに行ってきました。

西印旛沼から北印旛沼へ、そして宗吾様の霊廟前を通り、

今日は野暮用で佐倉郵便局に立ち寄ってチューリップ畑を横目で見て

一時停止違反を見張る白黒パンダさんを軽くあしらって帰宅しました。

 

って書いてもこれを読んでくださっているほとんどの方は

何が何だかわからないでしょう。

ごめんなさい。

 

さて、外はすっかり初夏になっていました。

印旛沼のちかくの田んぼと森の中を走っていると、

何かの花のにおい、新緑のにおい、どこかからか焚火の煙も流れてきます。

ああ、あったかいなどと呟きながら走っていると、北印旛沼です。

 

田植えが始まりました。

いつものコンビニにZを停めて京成空港線の北印旛沼跨線橋を望むと、

 

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こんな感じです

 

 

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今日は割とまともな写真だ

 甚兵衛渡しの近くにあるコンビニからです。

いつものように一服しつつ缶コーヒーを飲んでいると、ヴィッツに乗った

オジサンに話しかけられました。

何でも昔CB750Fourを買おうと思ったけれど、エンジンがオイル上がりをしている

みたいなので見送ったとのこと。

 

「やっぱり昔のオートバイはカッコいいねえ。」とおほめをいただき

「ありがとうございます。」と返したのは言うまでもありません。

 

それにしても私が子供のころの田植えって

梅雨時の雨に打たれながら蓑とを革笠をつけてするものだったように思いますが、

いつのまにかふた月ほど早くなっています。

気候とかコメの品種とかいろいろ理由があるのでしょう。

 

ま、それはさておき、燕たちも帰ってきました。

 

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尻尾が見えますか?

このコンビニ、毎年軒先に二つ三つ燕が巣作りをするのです。

今年も帰ってきて巣も完成したようです。

 

そんなこんなで、一時間ちょっとのお散歩でしたが、

時間はお昼過ぎ。

 

家で待っているおなかをすかせた長女(コロナの影響で

当分リモート授業が続くそう)のために餌をくわえて(じゃないや)

昼ご飯をつくりに帰宅いたしました。

 

あ、ガソリンいれるの忘れた!

 

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今年はどうなんだろう

って、佐倉チューリップ祭のことです。

 

それは、佐倉市の観光資源のひとつであり、

夏の印旛沼花火大会

秋のコスモス畑

と並んで、稼ぎ時なんですよね。

でも、去年はコロナ禍の中人が多く集まりすぎたので

満開のチューリップを掘り返してしまうという

乱暴なことをせざるを得なかったのは致し方ないとしても、

たしかに満開のチューリップは見甲斐があります。

 

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去年の写真です。

向こうに見える崖は、この写真を撮ってしばらくしてヤギで有名になったところです。

 

さて、もうすぐ佐倉市は桜市になります。

市役所も京成本線の駅にも桜の文字が舞います。

 

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市役所

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京成佐倉駅北口

でも、私が思うに、あまり桜が多い佐倉市でもないと思うんですよね。

 

...あ、そうでもなかった...

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ふるさと広場の駐車場から

ふるさと広場そばの、印旛沼沿いのサイクリングロードに佐倉城址、臼井城址

師戸城址と、結構桜の名所はあります。

 

ちなみに、私が読者登録をしている埼玉県在住の「小売り50」さんは、

kouri50.hatenablog.com

印旛沼周辺とこの風車小屋のあるふるさと広場が、ずいぶんお気に入りの様子。

 

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ふるさと広場です。

このあたりはもともと印旛沼干拓して生まれた農地だと考えてください。

台風の時にはかなり浸水被害が出ます。

kouri50.hatenablog.com


 この記事で小売りさんがマグナさんを停めていたあたりは、ちょっとした大雨で

水没してしまいます。

ただ、普通の天気であれば本当に景色の良い場所ですし、

夏の花火大会の日など、最高の場所です。

満月の頃の月の出もきれいです。

 

と、まあ今日の印旛沼観光大使の勤めはこれくらいで充分かな、と。

そうそう、印旛沼近くの、京成臼井駅から徒歩40分の住宅街なら、新築で土地60坪、

建物40坪ほどで、月々三万円以下の物件が多数あります。

 

オートバイ断ちをしているもので、毎度毎度つまらない事ばっかり書いていて

本当にすみません...…

 

 

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Z750FOUR(弐号機)納車から7年(その4)。

やっと最終回です。

 

弐号機納車の日(もう夜だ!)、B3ジャケットと新しいグローブ、オーバーパンツ、

シールドの曇り止めなどのおかげで、冬の夜の寒さをものともせず

埼玉の山奥から千葉まで(こけることもなく)帰ってきました。

走り馴れた国道16号、見慣れたコンビニ。

 

家につく前にちょっと一服。のつもりで寄ったコンビニで、その日最後の事件が起こりました。

 

オートバイにまたがり、キーを差し込んでスイッチオン。

あれ?インジケーターランプがつかない。

ニュートラルのグリーンも、ブレーキの赤も。

 

ご存じの方もいらっしゃるかもしれません。

750RS、900Super4のインジケーターランプはメーターの下に横並び。

Z系になってからはメーターの間に縦並び(私はZ系の縦の方が機能的だと

思っています)。

 

そのランプが点灯しないのです。

メカ音痴の私でも「バッテリー上がった?」くらいはわかります。

でもキックがついています。

が、三回、四回とキックしてもウンともスンとも言いません。

コンビニにつくまでは、快調でした。

ライトももちろんついていました。ウインカーも普通に点灯していた。

 

初号機では、こんな時よく押しがけをしたものです。

でも、何十年ぶりかで乗った大型二輪車で押しがけをする体力も自信もありません。

で、コンビニの先を左折すると緩やかな下り坂があることを思い出して、

そこまで弐号機を押していきました。

坂道を下りながら押しがけ(の真似事)をしましたが、やはりだめです。

 

ふと思い出したのは初号機のことです。

ダイナモが壊れ、バッテリーの残量だけで東京から帰ってきた時のことです。

 

ダイナモが壊れていたというのは、後日モトランドカジカワさんで聞いたのですが、

その時は、首都高環状線から京葉道路に入ったころから次第にエンジンの

ふけあがりが悪くなり、ヘッドライトを消すと(京葉道路は明るかったので、ライトを消しても何とか走れました)、エンジンの調子が戻るのです。

 

だましだまし京葉道路船橋料金所にたどり着きました。

が、料金を払い終わるとエンジンがストール。

その後は何度キックしてもかかりませんでした。

 

料金所の職員さんの詰め所前にZを止めさせてもらって、船橋料金所下の国道14号

タクシーを拾い、自宅へ帰ったのですが、その時のことを思い出したのです。

 

「あの時と同じかも」

じゃあお手上げだ…

 

家までバイクで15分の距離(しかもアップダウンつき)を押して帰る?

 

いいえ、そんなことは致しません(できません)。

初号機時代と違い、今は、JAF二輪車に対応してくれます。

JAFに電話して、二輪対応救援車の救援を頼みます。

 

待つこと数十分、来てくれたJAF提携のレッカー会社の社員さんとZを車に積み、

お話をしながら自宅へ向かうと、なんとこの方、私がお世話になるのは4回目。

M3C初号機で2回(一回目はVANOSが壊れてオイルを吹き、走行不能

二回目はラジエターのアッパーパイプが壊れて冷却水がなくなり走行不能

ちなみに、この故障が原因で廃車...)。

M3C弐号機で1回(燃ポンが壊れてガソリンを吹き走行不能。)の計三回、

そして今日がめでたく(ない)四回目と相成ったのでした。

お互いに再会を喜び(んではいない)つつ

なんとか自宅にたどり着いたのでありました。

 

納車されたZとともに颯爽と自宅に乗り付けるという夢は破れましたが、

何はともあれ無事自宅までZ(と自分)を送り届け、Z750Four弐号機とは

この日から新たな相棒として共に歩むことになったわけです。

 

あとで調べたら弐号機が納車時に積んでいたバッテリーはリチウムイオン式のもので、

これは突然死するらしいです。

当然すぐバッテリーを買いに行ったことは言うまでもありません。

 

 あれから七年(今2020年12月13日)、そろそろ三個目のバッテリー購入の時期です。

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(弐号機)納車から7年(Z750FOURその3)。

さて、焼き直しの「納車のこと」続きです。

 

電車の中で思い出したこと。

オーバーパンツ、買ってないじゃん

 

どうしよう。すでに日は傾き、(電車の外は)寒そう。

慌ててスマホさんに、「クワドリオート」さん近くにホームセンターが

あるか、尋ねてみました。

 

ありません。

 

ダメじゃん。12月の寒空の中、Gパン一枚で走れるはずないじゃん。

 

坂戸駅(懐かしいなあ、川越に住んでいたころ、同僚が住んでた)を降り、

タクシーの中で考えました。

「どうしよう。」

でも、答えは簡単に出ました。「クワドリオート」さんで売ってるだろう。

予想通り、売ってました。

 

厚めのオーバーパンツを買い、店長さんの話を聞き、

二十年ぶりでオートバイにまたがります。

 

でかい。重い。

こんなの乗って千葉まで帰れるの?

っつうか、店のガレージから出せるの?

こけたら起こせるの?

 

寒さと緊張と二十年ぶりにZにまたがった嬉しさで、

震えながら国道343号へ。

「動かせた!」なんとかZを動かせました。

が、無理はせず、クルマの流れに乗って東へ。

太陽はとっくに沈み、あたりは真っ暗です。この3桁国道には、

ろくに街灯もありません。

ヘッドライトの明かりを頼りに走り、最初の右カーブ。

「おっと!」

車体を傾けて曲がるっていう事を忘れていたのか、

危なくガードレールと接触するところでした。

 

Z初号機で初めて公道を走った時のように慎重に操縦しつつ

最初のスタンドでとりあえず満タンにします。

国道はいつのまにか248号になっています。

「クワドリオート」の店長さんに聞いた、

「とにかく店の前をまっすぐ行って突き当りの丁字路で右折。

更にまっすぐ行けば関越道のインターにぶつかるから。」という言葉を頼りに

走り続けます。

 

突き当りました、丁字路。

「ここで右折っと。」国道407号でした。

 

ずいぶん車通りも街灯の数も増え、明るくなってきました。

さらに南下を続けると見覚えのある掲示

「西入間署」。警察です。

 

川越に住んでいた1998年、買っていた犬(雑種。名は平吉)が脱走し、

この警察署に保護されていたのを家内と迎えに来たことを思い出しました。

 

じゃあもう川越だ。インターに入ればあとはしばらく高速だからちょっと楽かも。

 

そんなことを考えつつ鶴ヶ島インター(そうだ、川越インターまで行くより楽じゃん)

から関越自動車道に乗ります。

あとは走り馴れた千葉への道です。

ああ、道がわからない、という緊張はなくなりました。

三芳のパーキングエリアでは、一服する余裕も出て、

更に外環道へ。

 

おとなしく車の流れに乗って走行車線を走ります。

 

で、荒川を越えるあたりで今更のように気づきました。

「このジャケットとグローブ、全然寒さを感じない!

 このヘルメット、中でため息ついても全然シールドが曇らない!!」と。

 

〇輪館の店員さんが言ってたのは、本当でした。

寒い中、息を吐いてもシールドは曇らない。

この二十年の進歩にびっくりしました。

そして、グローブが温かい。

勿論、電熱ではありません。

でも、指先が全然冷たくならないんです。

軍手の上に革のグローブをつけ、それでも指先が冷え切り、

信号待ちのたびにエンジンに手を当てて温めていたころとは

本当に大違いです。

ジャケットも暖かいです。

首筋や手首、胸元、背中に侵入しようとする冷気を完璧に遮断し、

体温を逃がしません。

さすが高高度を飛ぶ飛行機乗りたちのために作られたフライトジャケット。

「クワドリオート」さんで購入したオーバーパンツもあったかい。

 

本当に寒さ知らずで荒川にかかる高架橋を越えていきます。

多分外気温は0℃以下でしょう。

 

だんだん昔の感覚が蘇り、気分が高揚していきます。

気持ちよく外環、常磐道を走り、柏インターで下道(国道16号)へ。

いつもの16号線の某交差点で左折(右折すると元の職場)。

さあ、あと十分かかるか、かからないかだ。

と、コンビニの駐車場にZを止め、エンジンを切り、一服。

 

ちょっと休んで、さあ、帰ろうとした時…

あれれ?

 

時間は20時を回っています。ああ、なかなか帰れないなあ。

                  (続きます)

 

 

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Z750FOUR(弐号機)納車から7年(その2)。

 

blog.hatena.ne.jp

上記イチイチさんは、私のダイアリー時代からお付き合い頂いている方なのですが、前回の記事におほめ?のコメントをいただいたきました。

また、

 

blog.hatena.ne.jp

上記小売り50さんからは「続きを」というコメントをいただきました。

豚もおだてられて木に登っちゃいました。

続き、納車から7年(その2)です。

 

12月7日、納車を自宅までの配送にせず、

自分で取りに埼玉まで行く、と決めたのには、

深い意味はありません。

早く乗りたかったことと、納車費用の有無です。

 

しかも、私が今住んで居んでいるのは千葉の佐倉市とはいえ、

埼玉には出向で一年+一年、都合二年住んでいたのですから、

そんなに遠く感じることはありません。

結構いろんなところを(車で)走り回っていたので、ある程度土地勘もあります。

加えて、埼玉の川越には年に数回の出張があり、国道16号、東京外環道、関越道経由で

数えきれないほど(この高速道たちができる前は、ずっと16号で)往復しています。

弐号機がいる「クワドリオート」さんは、埼玉県比企郡鳩山町

グーグルマップさんに聞けば、関越道の川越インターまで、そんなに遠くない。

 

仕事などいろいろ調整して、取りに行く日は、12月7日(土)に決定。

いえ、8日(日)でもよかったんですよ。7日は仕事で、何時に終わるかわからなかったので(それでも遅くて午後一時くらいには終了だろうなと思ってはいました)。

 

 

で、弐号機を取りに行く前に準備をしなければいけないのが、

1:ヘルメット

2:グローブ

3:ジャケット

です。

 

初号機を最後に動かしたのは1996年9月、

それから二十数年、

グローブはどこかに行ってしまいました。

ヘルメットはとっくに使用期限切れ。

ジャケットはフロントの袷のあまいレザージャケットが一着、

      通称ドカジャンが一着。

 

いくら阿呆で物忘れの激しい私でも、12月にオートバイで走るのが、

どれだけ寒いのかは、身体がよーく覚えています。

冬のオートバイは、指先、つま先などから末端が冷たく、凍えてくること、

Gパンの下に何か履いても、風を通すものは保温力がほとんどないこと、

ジャケットは、フロントの袷から冷気が入り込むこと、

などなどです。

加えて、ブーツもない、ヘルメットも使用期限を過ぎていること

などなど、一から買わなきゃでした。

そこで仕事帰りに向かったのが〇輪館。

 

SHOEIの白、フルフェイスのヘルメットを購入しました。

 

店員さん「曇り止めシール貼りますか?」

私「(何それ?知らんけど)お願いします。あと、このグローブとブーツも下さい。」

グローブは、冬用グローブで、ワゴンセールに出されていたもの。

ブーツは棚に飾られていたものの中から、街中で履いても違和感のない、

エスタンっぽいものを選びました

(まだ、このメット、グローブ、ブーツは活躍中。でもメットはそろそろ買わなきゃ)。

 

店員さん「リターンの方ですか?」

私「(やっぱり、そう見えるだろうなあ)そうです。二十年ぶりですかね。

 来月初めに納車なんで。」

店員さん「それは楽しみですね。」

など話しつつ、メット、グローブ、ブーツ良し。

 

ジャケットは、「これ」というものがなかったので、見送り。

 

仕事の合間にネットで探したのがこれ。

 

 

[アヴィレックス] B-3 B-3 U.S.A メンズ 2105 55 BROWN US 38 (日本サイズL相当)
 

 

 

 

もちろん中古品です。

 

そうこうしているうちに、7日がやってきました。

家族には

「埼玉までZを引き取りに行くから。」と、数日前から言ってあります。

 

土曜だというのに大事なお仕事があり、終わったのは予想通り午後一時。

天気は快晴(晴れると、夜ひえこむんだよなあ)。

 

メットを持って京成線からJR、東武東上線を乗り継いで埼玉県の坂戸へ。

この先は、電車の本数がめちゃくちゃ少なく、

坂戸駅からはタクシーを使う予定でおりました。

が、その電車の中で思い出しました。

                   (続きます)

 

まあ、ダイアリー当時からお付き合いいただいている方には、

一度読んだことがあるぞ、というデジャブ感満載ですが、

あと二回、お付き合いください。

 

 

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Z750FOUR弐号機納車から7年。

標記の通り、12月7日でZ750FOUR(弐号機)納車から

丸七年が経ちます。

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五年前

         (上記コメントは間違い。七年前でした。)

思えば、生活費の足しに、とZ750FOUR初号機を手放して

(15万円でドナドナされていきました)およそ十年、

オートバイに乗りたい気持ちは抑えられず、定年したら買い戻そう、と

目論んでいたのですが、

「60歳になって(約)二十年ぶりにそんなものに乗られたら、

危なくてしようがない」という家族の声に背中を押され(この辺自分に都合よく

解釈しました)、ネットで検索する日々が始まったのでした。

 

車種選びに迷いはありませんでした。KAWASAKI Z一択です。

が、その当時すでにZ人気はピークに近づいており、

750RSが200万円超。

Z750FOUR(A4、A5)が150万円。

Z750FOUR(D1)が120万円。

 

40年前の5倍以上です。

いろいろ迷い、考えた結果が、

「初号機と同じA4かA5を買おう」でした。

 

確かに750RSの火の玉タンクも、タイガータンクもカラーもかっこいい。

D1のタンクグラフィックは、35年前から丸Zのタンクの中では一番のお気に入り。

900RS、Z1もいいんじゃない?

いろいろ迷いあっちへこっちへ。

 

でも、自分が乗っていて、ほれ込んだのはグリーンのA4。

 

原点に戻ろう、ということで愛機選び(探し)は続きました。

ネットで探すのと同時進行で、千葉に越してきた当時からお世話になっていた、

花見川区の「モトランドカジカワ」さんにも中古探しを依頼に行きました。

 

このお店は、私が千葉に越してきた日と、ほぼ時を同じくして開店したショップです

(多分二、三日違い。私の中の一番古い記憶では、

お店の前に開店祝いの花輪がいくつも並んでいた。)。

当時私が借りた家(二階建ての戸建て。部屋数は二つ。でも、家賃は月3万円。)

から歩いて2分ほどのところにあったのです。

 

初号機最後の車検をお願いして以来、約20年ご無沙汰でしたが、

とある土曜の仕事の帰り、店に立ち寄り

「こんにちは。私のこと、覚えてますか?」と声をかけると、

覚えていてくれました。店長も頭に髭に、白いものが混じり、老眼鏡をかけ、

会わなかった20年という年月の流れの重さを感じさせます。

 

で、「かくかくしかじかで、Z探してるんですけど。」と

中古車探しの依頼をしました。

「業者向けのオークションで当たってみるよ。」という返事をもらい、

自分はまたネットで中古探し。

 

そんな中で…見つけました。

埼玉の「クアドリオート」さんに、赤タンクのA5。

タンクグラフィックはA4と微妙に違いますが、

細部の写真を送ってもらい、決定。

 

途中省略しますが、12月7日(土曜)に、埼玉へ取りに行くことに。

 (続きます)

 

 

 

って、ダイアリー時代からの読者の方はお気づきと思いますが、

去年の記事の焼き直しです。

いいわけですが、ダイアリーの公開を中止した今、

この記事を埋もれさせるのはちょっと惜しい、というスケベ心で

焼き直し公開と相成りました。

 

 

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チャックチャックイエーガー

チャックイエーガーさん(「さん」付けって妥当かあ?)の訃報を読んだのは

今朝の新聞。

 

世界で初めて音速を越えた人(らしいです)。

彼の名を知ったのは、皆さん(多分)ご存じ

『キリン』(春本昌平さんの名作です)の単行本10巻。

「苦しい時にゃチャックチャックイエーガーと唱(や)るといい。これがバイク乗りの

呪いだ」というモヒ(ラムのマスター)のセリフです。

 

その話はこんなモヒの言葉で締めくくられています。

「現実から目をそらしてはならない……

 たとえ悪魔がいたとしてもだ!

 立ち向かう力を...…

 チャック・

 チャック・

 イエーガー

 

60をすぎて、現実から目をさらさずに生きているんだろうか、と

自問してみる私でした。

 

現実って……