還暦過ぎの750乗りだった年寄りの日記。

平成のおわりと、ほぼ時を同じくして定年を迎えました。愛機Z750Fourのこと、趣味のこと、日々の出来事や思い出話を徒然なるままに記していきます。

車が暴走して、

というセンテンスを、今日は何度耳にしたでしょう。

主語は「車」、

述語は「暴走して」。

 

ということは、運転者には「暴走させよう」という意思は全くなく、

車が勝手に「暴走した」という事ですよね。

その結果二人の人間が亡くなり、

多くの遺族が想像を絶する悲しみのさなかにいる。

 

その責任は「暴走した車」にあり、

運転していた人間は、

「止めようとしたのに、勝手に車がフルスロットルで動いた」

「つまり、悪いのは車であり、私は何一つ悪くない」

という論理になると思うのですが、いかがでしょうか。

 

少なくとも今回の裁判の判決を見る限り、そうではないと思うのです。

被告は(故意か否かは別として)「車を暴走させた」。

その結果二人の人間を死なせた、

と私は思っているのですが、

報道各社の言葉遣いを聴くと

「悪いのはやはり車だ」と聞こえて仕方がないのは

へそ曲がりの年寄りだけでしょうか。

 

亡くなられたお二人のご冥福を祈り、

残された皆様の傷が一日も早く癒えますように。