(焼き直しの)病気のことその2
さて、急遽入院が決まり、家内や子供たちはかなり動揺していましたが、
自分は割と平静でした。
というのは、
私の父は、入院当時の私より何年か若くして、会社で勤務中に脳梗塞を発症。
救急車で川崎市内(当時父は、川崎の浅田にある運送会社に勤務していた)の
病院に搬送され、入院、右半身がほぼマヒ状態になってしまい、
その後二回目の脳梗塞で(最初の発症からは二十年以上経っていましたが、)
他界しているのです。
そんな経験から、「自分の梗塞は軽い。しかも早期に発見できた」という
変な自信から、まるで深刻に考えていませんでした。
というか、たばこ好き、酒好き、平均睡眠時間5時間。血圧超高め(勤務先の春季の検診ではいつも上が180)。発症しないわけがないといつも思っていたし、勤務先の同僚が脳梗塞を発症したときには、彼の退院後、前兆を聞きまくり、
参考にもしていたからです。
なので、前日のTV番組で言及されていた前兆通りの前兆がいくつも現れたとき
(特に対向車が2台に見えたとき)には、
「っしゃ。来た。」という感じでした。
前述の同僚も、自身の運転で病院へ行き、入院したという経歴を持っています。
私も自分で運転して病院まで来て、「MRI検査が終わったころ、迎えに来てね。」
と妻に言って車で帰ってもらっていたのです。
まあ、入院が決定してから、家内にパジャマを買ってきてもらい、ついでにバターロールパンを一袋差し入れてもらい、10日間の入院が始まったのです。
その晩(といっても18時ころ)の療養食は
・カレイの煮つけ
・ほうれんそうのお浸し
・おかゆ
って感じでした。
いや、まずくなかったです。正直、以前食べた病院の食事の数倍おいしかった。
でも、何より量が少なかった。
それで前述のバターロールパンの差し入れになったのですが、
実は、これはいけない。
後で知ったのですが、私の食事は高血圧症対応の、減塩食だったのです。
それを知ったのは、退院して数か月経ってからでした。
当時の私は、「あそこのパンがおいしい。」「ここのパンはまずい。」などと
わがまま放題。
それでも入院当日、病院の向かい側にあるマンションの駐車場に止まっていた
ある車のフロントマスクが、「まだ二つに見える。」ということを
気にする余裕を持ちつつ、減塩食を処方されているにもかかわらず、
パンを所望していたのでした。
続きます。