還暦過ぎの750乗りだった年寄りの日記。

平成のおわりと、ほぼ時を同じくして定年を迎えました。愛機Z750Fourのこと、趣味のこと、日々の出来事や思い出話を徒然なるままに記していきます。

残暑お見舞い申し上げます。

と申し上げましたが、梅雨が明けて夏が来た!と思うや否や立秋でございます。

 

風立ち~ぬ~、今は~~~秋~今日から私~は~こッころののた~び~人~...

とか、

暑中~~~お見舞い申し上げ~ます...

 

とか、

そんな歌がはやっていたころは、もっと季節にメリハリがあった気がします。

 

もっと秋は涼しく、春は暖か。冬は寒く、夏は暑かったと思うんですが…

あ、いえ、夏が暑かったというのは、その前後の春と秋が、暑さを際立たせているだけで、夏自体は、きっと今よりもっと涼しかった。

 

太陽が~沈んだら~~三菱の~ウインドファン~

 

毎週金曜夜八時、日本テレビのプロレス中継の合間に流れた「三菱ウインドウファン」のCMです(誰も知らないだろうなあ)。

こんな機械が売れるほど、あのころの日本の夏は

太陽が沈めば涼しかった記憶があります。

昼は暑く、時折夕立がその暑さをどこかへ連れ去り、夜には涼しい風が吹く。

そんな日本の四季は確実になくなりました。

 

四十年前には、夏の暑い日のアルバイト(ジーパン屋)が終わり、

YAMAHAGX250SPで夜の街を走れば、涼しいほどでした。

あ、一度だけ、タンクと身体の間に熱い空気の塊が感じられ、

「今日は変だなあ。」と思った記憶はありますが。

 

冬の寒さも生ぬるさを感じるし、

春は夏の露払い。

秋は夏の延長戦。

 

はっきり区別がついたあの頃は、もう帰ってこないのでしょう。

 

 追記

この記事を投稿した後に思い出しました。

小学校の教科書(国語か社会のどちらかです)に、

「アラブの国々では夏になると気温が35℃を越えるので、

 長袖の服を着て暑さをしのぐのだ」という記載がありました。

 

当時(五十年も昔です)、関東地方の最高気温が30℃を超えることは

なく、25℃を越えればニュースになるような時代でした。

 

 

 

 

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