還暦過ぎの750乗り。そんなに忙しくない、趣味に溺れたい々。

平成のおわりと、ほぼ時を同じくして定年を迎えました。愛機Z750Fourのこと、趣味のこと、日々の出来事や思い出話を徒然なるままに記していきます。

一つの時代が終わりました。

勿論、自分の中で、です。

 

今を遡ること30数年前、この国はバブル景気に浮かれており、

私の業界でも何かにつけて結構な手当てが出ておりました。

出向手当もそうでした。

休日出勤手当も

幹部手当もそうでした(幹部手当がもらえたのはその次の年ですが)。

今の数倍の金額の手当てが出ており、多少ではありますがバブルの恩恵を受けていた

言えるでしょう。

冬場の週末は決まってスキー。職場の同僚と何台も車を連ねて万座だ草津だ、

やれ軽井沢だ八ヶ岳だ越後湯沢だ、と遊びまわっておりました。

 

そんな冬のある週末、私は当時の愛車いすジェミニ1600LSセダンで

職場の同僚とのスキー旅行(たしか万プリに泊まった)へ出かけました。

 

その帰り道、車の中が異様に寒いのです。

私と同じ職場で働くまではTOYOTAのセールスをしていたアラシ(仮名)さんが、

「ピロさん、これヒーター壊れてるよ。」と一言。

そして、「ヒーターの故障は治らないよ」と脅すような一言を。

 

丁度その頃、当時の職場の近くの中古車屋さんに

アウディのクワトロが150万円の値札をつけて展示されていたのです。

しかし私は、大学生のころからBMWが憧れの車でした。

ジェミニは10年12万キロを走破しており、買い替えもありかなあなどと

考えたのです。

買い替えるならBMWアウディの中古が150万円ならBMWの中古もそんなもので

手に入るのではないか、と考えたのです。

折よくモーターマガジン誌でBMWアウディの比較特集をやっており、

中古の価格も掲載されていたのです。

当然雑誌を購入しました。

 

読み進めていくうちに、5年落ちの318なら150万円前後が相場だと知りました。

 そうなれば話は早い。

早速アラシさんと、職場に最も近い(それでも車で30分はかかりました)BMW

正規ディーラーへ足を運び、いろいろ説明を受けたのですが、

まとめると、

 

①私が望んでいるMTの中古はほぼない。

②MTなら、最近320の5MTの輸入がはじまった。

という事です。

 

つまりセールス氏は5MTに乗りたければ320の新車しかないよ、

と言いたかったのです。

価格は中古の318の3倍です。

当然諦めるつもりでディーラーを去りました。

ところが敵もさるもの、数日後に電話があり、今なら超低金利

ローンが組める、というのです。

冷やかしのつもりでアラシさんとでディーラーへ向かいました。

すると件のセールス氏、「ぜひ試乗してみてください。」と言って

320の運転席へと私を誘うのです。

アラシさんは面白がって、「ただで輸入車に乗れるチャンスだよ」と

あおってきます。

この試乗車はATでしたが、運転席に座りドアを閉めた瞬間から、

「今まで乗ったことのあるどの車とも違う」という感触がありました。

すべてが重厚なのです。

 

 

ディーラーから車道に出るとき、一緒に試乗してくれたアラシさんが、

「ピロさん、ウインカーとワイパー間違えないでね」と言ってくれたのに対して

「そんな間抜けじゃないよ」と言いつつワイパーを動かしてしまったのも

今になれば懐かしい思い出です。

まあ、それはさておき、一旦走り出してしまうと重厚感は消え去り、

軽快に街を走ります。

 

操作系の手ごたえも本当にリニアでした。

「人車一体というのはこういう事か。」と腑に落ちた感じです。

 

つい長くなりました。

続きます。

タイトルはナイショ

プロジェクトX、あれから毎回視聴して録画もしております。

 

あれ↓

 

piroji1616.hatenablog.com

 

から数ヶ月が経ちますが、相変わらず毎回感動しております。

ですが、この数回、二十年前に感じていなかった感情が自分の中に

沸き起こるのを停められません。

 

じゃあ、自分は、他人様に感動してもらえるようなことを

人生掛けてなし得てきたんだろうか。

 

という感情です。

 

生れて62年と半年が過ぎようとしています。

そろそろ人生の幕引きを考えなければならない時期に差し掛かり、

最近こんな感情に苛まれます。

 

本当に繰り言でした。

 

すみませんでした。

 

 

 

てっそん

漢字で書くと姪孫らしいです。別の名称では大姪らしいのですが、

ネット上の情報なのであまりあてにしないでください。

 

私が大学を卒業して就職をするまで編集のお手伝いをしていた

小学館第二編集部が編纂していた、「大辞泉」の紙バージョンには

どちらも記載がありませんでした。

 

まあ、「大辞泉」の母体になったと思われる「日本国語大辞典」には

記述があるようですし、「デジタル大辞泉」には記載があるのかも

知れませんが。

 

例によって例のごとく、それはさておき、なんです。

 

私の実弟の娘(姪)に子供が生まれ、

実弟がおじいちゃんになったというお話です。

 

必然的にわたしの実母はひいおばあちゃん、私は伯祖父という事になるらしいです。

姪孫にしろ伯祖父にしろ、どれも聞きなれない名称ですが、係累が増えると

こんな複雑な名前の親戚が増えるんですね。

 

今日はそんな話でなく、弟の話です。

 

私がオートバイの道にのめりこむことになったきっかけの一つは

この(おじいちゃんになった)弟です。

私が普通免許で従兄から貰ったスーパーカブに乗っていたころ、

弟が高校の友達からホンダのMT50(もう、誰も知らないだろうなあ)を借りて

来たのです。

私も乗せてもらいましたよ、もちろん。

ホンダの2ストはぶんぶん回りました。

調子に乗った私は信号からスタートするたびにパワーリフト(ただの阿呆です)。

そのうち弟の別の友人がYAMAHAのミニトレ80を3万円で売ってくれるという話を

聞き、二人とも(弟と私です)自動二輪の免許もないのに買ってしまったのです。

ま、ミニトレに関する話もおいといて、と(今度書きます。絶対。はい)。

 

その弟の誕生日が今日、五月五日なのです。

 

今でも覚えています。昭和三十七年五月五日の早朝のことです。

里帰り出産をしていた母の横で寝ていた私(三歳)は、何が理由だったのか

足をばたつかせていたのです。

その足が母のおなか(かなり大きかった)に当たり、言われたのです。

「生れそうだから暴れないで」と。

その後は記憶にありません。

母屋で産湯を使う弟の写真が残っているだけです。

そこから考えても私が暴れた後に弟が生まれたのは確かなのでしょう。

(当時の山梨の田舎では産婦人科なんか行きません。お産婆さんがうちに来て

くれるのです)

その弟とはたまに喧嘩しつつも、それなりに仲良くやってきました。

 

その弟が「おじいちゃん」とはねえ。

私も歳を取るわけですよ。

 

ミニトレの話は、またいつか(そのうち書きます絶対)。

 

あ、昭彦(弟です)、誕生日おめでとう!

 

 

 

昔の酒屋さんと、大学の話

私が大学五年生(←おい!)のころの話です。

同級生は皆卒業し、ただ一人(でもなかった。これがB大学のいいところ?)

学問の道を究めようと(←ウソ言ってんじゃないよ)、片足院、片足学部に

残っていたのです。

 

そんな私なので当然昼間部(一部授業ですね)、はいっぱいいっぱい。

希望していた教職免許を取るために必要な教職課程の授業は、

当然夜間部(この頃はB大学はじめ多くの大学に夜間学部が存在していました)の

授業を取ることになります。

 

夜間学部(二部です)の授業に出る生徒はみんな真面目そのもの。

仕事を終えて大学に来て授業をうけようってんだから

当然と言えば当然ですね。

 

そんな中で、私がB大学に在籍した最後の年の冬。

12月も二十日を過ぎたというのに教育心理の授業をうけに

夜七時過ぎの教室に向かったのです。

その授業を担当した先生は本当に素晴らしい先生で、

その先生の教えて下さったことは四十年過ぎても頭に残っており、

今でもその授業法を実践しております。

 

それで、ですね、その年の12月も二十日過ぎ、

夜の闇の中、二部授業に向かった私は

教室の黒板に書かれていた文字を見て何が起きたのか理解できずにおりました。

「本日の授業は●●●研究室で行うので、受講生はこの研究室に来るように」と

あるのです。

 

よく状況が理解できないまま研究室に向かうと、そこは酒宴の真っ盛り。

先生の机には「剣菱」の一升瓶と人数分の茶碗、

授業を受けている学生が顔を赤くして...

 

ちょっと遅れて、研究室に入った私に先生は開口一番、

「君、そこの酒屋まで行って剣菱もう一本買ってきてくれ給え」と

仰ったのです。

おい!授業だろう!飲み会じゃねえだろう!!

って、ごめんなさい、先生。

先生の教えはまだ私の中で生きています。

 

ま、それはさておき、先生は勿論五千円札を渡してくださいました。

その五千円札を握りしめた私は、B大学直近の酒屋さんへ。

酒屋さんの場所を把握している私も何者なんだ!という感じですが、

それもさておき、

 

私が夜の酒屋さんに向かうと、そこには

缶詰を肴にカウンターやテーブル(もちろん全部立ち飲みです)を囲む

オジサン(今の私から見れば若造)が。

こんな吞みかたもあるんだ.、と思いつつ剣菱の一升瓶を抱えて

学校に戻った私ではあります。

 

遠い昔昭和の時代、鯨の竜田揚げや

ラニュー糖の揚げパン、未だに飲めるとは思えない脱脂粉乳

給食を食べて育った昭和34年生まれの少年は、

こんなにひねた年寄りになりましたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

騙された

天気予報に、です。

 

今日2021年4月25日(日)の千葉県北部の天気予報は

午前中曇り、午後から雨という事でした。

「雨が降るんじゃあ、オートバイはお預けだな。」と、

数日前から思っておりました。まあ、泣く子と天気には勝てないからなあ、

と思っていたのですが、朝目覚めるとお日様がさしているじゃないですか。

空を見ても雨が降る気配は、ない。

じゃあ、ちょっとガソリンをいれにいってこようかねえ、と

Zを引っ張り出しました。

天気はかなり雲の薄い曇り。

気温は高から低からず。

要するに、オートバイ日和です。

「ガソリン入れに行ってきます。」と家族にラインを入れ

出発。

 

で、結局まっすぐガソリンスタンドには向かわず、

ふるさと広場のチューリップと風車を眺めてガソリンスタンドへ。

チューリップは盛りを過ぎているのに、屋台はあるし人出の多いこと……

 

 

さて、土日と水曜日はTポイント3倍の日です。

この機会を逃すのは「ポイントゲッター」の異名を持つ私には許されざる行為です。

 

まあ、それはさておき、やはり昔のオートバイは、満タンにすると重心が上がります(重量にすれば約10㌔です)。ちょっとフラつつきつつ、

「そういえば弐号機を購入して最初にコケたのは満タンにした直後のガソリンスタンドだったなあ」などと思いながら向かったのは自宅ですが、

ちょっと回り道です。

 

印西の湧き水の側を通り西印旛沼(ウチからオートバイで3分。

かつ私が読者登録をしている「小売り50」さんお気に入りの場所)ほとりに新しくできた駐車場で写真を撮り帰宅いたしました。

 

kouri50.hatenablog.com

 

 

新型コロナで自粛生活を送っている間に、この近辺もずいぶん変わりました。

 

船戸大橋が完成している!

いつのまにか駐車場ができている!!

 

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これでも駐車場です。

 

 

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駐車場から見た西印旛沼


帰宅する前にちょろっと寄り道(こればっかりじゃん!)。

ウチの近くの洲崎砦跡の空地(今は駐車場と畑になってます)で西の空と

東の空を写真に撮って帰宅しました。

 

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東の空

 

 

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西の空

さて晩御飯の準備ですが、今夜は味の素の冷凍餃子。

一袋12個入✖3で36個。四人なら十分でしょう。

餃子の前の酒のつまみは、魚肉ソーセージの素揚げでした。

 

いつもながらのつまらない記事、多謝...…

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いつもの散歩道です。

ここ数日天気が良く、暖かな日が続いております。

それでも出勤するときにはスプリングコートをもっていかないと

帰宅時には佐倉方面、結構冷えます。

 

さて、今日はいつもの散歩道を走りに行ってきました。

西印旛沼から北印旛沼へ、そして宗吾様の霊廟前を通り、

今日は野暮用で佐倉郵便局に立ち寄ってチューリップ畑を横目で見て

一時停止違反を見張る白黒パンダさんを軽くあしらって帰宅しました。

 

って書いてもこれを読んでくださっているほとんどの方は

何が何だかわからないでしょう。

ごめんなさい。

 

さて、外はすっかり初夏になっていました。

印旛沼のちかくの田んぼと森の中を走っていると、

何かの花のにおい、新緑のにおい、どこかからか焚火の煙も流れてきます。

ああ、あったかいなどと呟きながら走っていると、北印旛沼です。

 

田植えが始まりました。

いつものコンビニにZを停めて京成空港線の北印旛沼跨線橋を望むと、

 

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こんな感じです

 

 

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今日は割とまともな写真だ

 甚兵衛渡しの近くにあるコンビニからです。

いつものように一服しつつ缶コーヒーを飲んでいると、ヴィッツに乗った

オジサンに話しかけられました。

何でも昔CB750Fourを買おうと思ったけれど、エンジンがオイル上がりをしている

みたいなので見送ったとのこと。

 

「やっぱり昔のオートバイはカッコいいねえ。」とおほめをいただき

「ありがとうございます。」と返したのは言うまでもありません。

 

それにしても私が子供のころの田植えって

梅雨時の雨に打たれながら蓑とを革笠をつけてするものだったように思いますが、

いつのまにかふた月ほど早くなっています。

気候とかコメの品種とかいろいろ理由があるのでしょう。

 

ま、それはさておき、燕たちも帰ってきました。

 

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尻尾が見えますか?

このコンビニ、毎年軒先に二つ三つ燕が巣作りをするのです。

今年も帰ってきて巣も完成したようです。

 

そんなこんなで、一時間ちょっとのお散歩でしたが、

時間はお昼過ぎ。

 

家で待っているおなかをすかせた長女(コロナの影響で

当分リモート授業が続くそう)のために餌をくわえて(じゃないや)

昼ご飯をつくりに帰宅いたしました。

 

あ、ガソリンいれるの忘れた!

 

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あたらしい物好き

なもんで、コンビニで先行販売が始まったこんなものを買ってしまいました。

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これですよこれ。

たまたまそのコンビニ(ファミマです)、こいつにピッタリそうな

クリスピーチキン(私はハバネロの辛いやつが好きです)も売っていたので、

迷わず購入。

帰宅して晩御飯前に缶をあけてみたのですが、

CMどおり!

泡が出るわでるわ。

冷やし方が足りなかったらしく、ものすごい量の泡です。

これで、缶でなくガラスの容器だったら、本当にお店の生ビールと

同じです。

 

さて、昨日久しぶりにオートバイに乗りました。

ふるさと広場でチューリップと一緒に写真でも撮ろうかと思ったら...

とんでもない渋滞。

いつもなら数分で駆け抜けられる京成線沿いの道から、ふるさと広場の駐車場に

向かう車の列が…

この駐車場、公営で一日千円なり。佐倉市にしてみればいい稼ぎ手です。

じつは、橋を渡った向こうには私設駐車場、一日五百円があるのですが、

そんなことを知っているのは地元に住んでいて、平日の空いている時にこのあたりを

うろうろしている不審な年寄りだけ。

皆さん、佐倉市の財政に貢献してくださいます。
 

あ、オートバイもたくさん走っていました。

しかし私は密を避け、ふるさと広場はスルーしました。

いつもの北印旛沼に走り、方向転換して八千代市へ。

ユリノキ通りという名にそぐわず、つつじがきれいな通りです。

ただ、ちょっと時期が早すぎたのか、まだ、満開とはいきませんでした。

 

おまけに写真は逆光、フレーム切れというドヘタ全開。その写真がこちら。

 

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満開になったらリベンジいたします。

 

しかし、細いリヤタイアだなあ。

 

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